塩田千春展『魂がふるえる』

10月、六本木ヒルズにある森美術館にて
塩田千春展『魂がふるえる』に行ってきました。


初めて訪れた個展はビックリするほどすごかった!
久しぶりに訪れたクリエイティブな空間に圧倒され、彼女の感性を存分に楽しんできました。

真っ赤な空間。
赤い糸を繋げたものがこれでもかというくらい大きな空間を埋め尽くしていました。
それはどこか人間の体内を思わせるような血液と丸いフォルム。

そして、今度は真っ黒な糸が焼け焦げたピアノや椅子を飲み込むように繋がれた空間。



光と空間、内と外。
ガラスやドアのフレームが光によって面白い影を落としている作品。


どれもがダイナミックで
しかしながら なにか不気味な そして見過ごしている感覚を呼び覚ますような不思議さを感じました。




後から知ったことですが
塩田さんは10年以上前に癌を患い、その癌が再発していることが発覚してからの展覧会だったということです。


作品と共に彼女のこれまでの歩みや注釈がかいてあり、
その中で特に印象に残った言葉がありました。




塩田千春がハンブルク造形美術大学の展示の為の作品 
牛の顎骨を使った「コンゲレゲイション」《私の死はまだ見たことはない》は

フランス生まれの画家マルセルデュシャン( 1887年~1968年 )の
墓石に記されたは『されどいつも死ぬのは他人ばかり』にシンクロさせたということだった。



『されどいつも死ぬのは他人ばかり』 マルセルデュシャン

これを見た時に なんてこと! ほんとにそうね! と心の中で笑ってしまった。



私達は死ということに対して、恐れや負の感情をいだきやすいけども、
ここに生きている人全員が死を経験したことが無い人ばかり・・・・
誰に聞いても 死 について知る人はいないという事。


でも人間は死を恐れる。
体験したことが無いから・・・


無い(死)は 在る(生)

ないをみるのか、あるをみるのか。


この世はギリギリの紙一重。
どっち側でもいいけど、ここ↓を忘れがち。

今に感じてる、この瞬間をどれだけ味わって生きるのか・・・
本当に、それしかないのかもしれません。

作者の背景も合わさりながら、
やっぱり人間の普遍的な根底はそこだけども、それでも生きてる人の集合体であるこの世で
何かしら発信し受け取り循環させて、この世界を面白がっていけたらいいなって、


アートに触れ つくづく
人間の持つクリエイティブな世界は無限だなと感じました。

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